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NEWSポストセブン

大谷翔平の愛されキャラをつくった両親の教育とホットプレートでのご飯
大谷家の教育とは?(左から大谷翔平と父・徹さん/時事通信フォト)
 投打にわたる活躍は言うに及ばず、「ナイスガイ」というしかないエピソードの数々でもファンを虜にしているロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平(26)。礼儀正しさと実力を両立させた「愛されキャラ」はどう形づくられたのか。

 プロアスリートは、その圧倒的な才能ゆえに10代の頃からチヤホヤされがちだ。中には増長して“お山の大将”のようになってしまう選手もいる。なぜ大谷からはそれを感じないのだろう。

「恵まれた体格や身体能力は天性のものですが、それだけでは大谷選手は語れない。あの礼儀正しさと親しみやすさは、彼を見守ってきた両親の教育の影響が大きい」

 そう語るのは、『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』(扶桑社刊)の著者でスポーツジャーナリストの佐々木亨氏だ。

 岩手出身の佐々木氏は、同郷の大谷が花巻東高校に入学した15歳の頃から大谷本人だけでなく、両親にも教育方針などについて数多く取材を行なってきた。

 大谷の父・徹さんは三菱重工横浜で社会人野球のプレーヤーだった。母・加代子さんは、同じく三菱重工横浜のバドミントン選手。大谷には7つ上の兄と2つ違いの姉がおり、3人きょうだいの末っ子として育った。

 両親は大谷が野球にのびのび取り組める環境を求め、徹さんの故郷である岩手にUターン。徹さんは大谷が所属するリトルリーグの監督も務めた。

 そう聞くと、『巨人の星』のようなスパルタの父子鷹を想像するが、大谷家の教育方針はまるで逆。グラウンドでは厳しく接しても、家庭内には野球を持ち込まないようにしていたという。佐々木氏が言う。

「ご両親とも家庭内で大谷選手を叱ることはほとんどなく、重視したのは子供が安らげる空間を作ることでした。両親の唯一の決めごとは『子供の前で夫婦げんかはしない』だったそうです。その居心地のよさからか、大谷選手が子供部屋を使うことはほとんどなかった。勉強するのもテレビを観るのも、家での時間はずっと家族とリビングで過ごしました。

 母・加代子さんは『翔平はいつもソファにいて、寝転んでボールを天井にぶつけないように投げて捕っていた』と話していましたね」

快適で楽しい時間を共有するため、とりわけ大事にしていたのが食事だ。夕食は5人家族が揃って食卓を囲む。子供時代の大谷は意外にも食が細く、トマトが大の苦手など偏食もあった。

 しかし大谷家では、両親が「もっと食べろ」「好き嫌いをするな」とうるさく言うことはなかったという。

「加代子さんは『給食で栄養士さんがバランスを考えてくれているので、大丈夫』と大らかに構えていたそうです。とにかく楽しい雰囲気を作れば、少しは食べる量が増えるのではと考え、お父さんが帰ってくるのを待って、家族みんなでワイワイと食べることにしていた。休日に多かったのがホットプレートでのご飯。みんなで料理をつつきあうことで自然と会話が増えると考えたそうです」(佐々木氏)

※週刊ポスト2021年7月9日号

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https://news.yahoo.co.jp/articles/fe8f145a1f342a66661d0c61eb4416d4c3ea82c3

引用元https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1625104774/